メディアを通したコミュニケーション|フリーペーパーの創刊
2010年、美大でグラフィックデザインを専攻する傍ら、編集者兼デザイナーとしてフリーペーパー「純真MOOK」(共同制作:大森純)を創刊。規制を受けない媒体として、また媒体を通して直接コミュニケーションのとれる手段としてのフリーペーパーに可能性を感じる。イベント・コンテストなどに参加、クリエイティブ系学生やフリーペーパー周辺でそのパフォーマンスを含め少し注目を集める。

2011年、大学を卒業し岡山へ帰郷、就農する。最盛期のいちごの収穫に3ヶ月従事したのち上京。フリーのデザイナーとして活動をはじめる。
ソフトからハードへ|フリーペーパーとその周辺
2012年、純真MOOKをきっかけに、当時PEN誌の表紙になるなど話題となっていたフリーペーパー専門店「ONLY FREE PAPER」へ誘われて合流。渋谷パルコ店のアートディレクションの他、広報活動、イベントの企画・運営、ウェブメディアの立ち上げなどを担当。ジリ貧状態の中で奔走し、新進カルチャーを支えるのは熱意と労力であることを身をもって経験する。「シブカル祭。」内の企画「ZINE PARK」では200組のクリエイターを集め3日間で2000人を動員する。フリーペーパーというソフトから、それを広める場としてのハードへと興味の幅が広がる。人と人、人と情報が媒体を通して垣根なく結びつくリアル空間でのフリーカルチャーの魅力に取り憑かれる。
海外での評価と展開|グラフィックアーティストとして
2013年、自身のアートワークとその元データをCCライセンス付きで投稿するTumblrサイト「noichigo_source」(初期はnoichigo名義)を開始。徐々にメディアなどで取り上げられるようになり、主に海外での認知度を高める。また、インターネット上でそのアートワークを元にしたリミックス作品が散見されるようになり、ネットの音楽レーベルがアルバムジャケットに使用したり、写真家が自分の作品とコラボレーションさせるなど、グラフィックに留まらない様々な展開を見せる。その後、noichigo_sourceをきっかけに、ウィスコンシンのギャラリーへの出展、ミラノの出版レーベルから作品をリリース、マンチェスターのデザインフェスティバルへの招待出品など、グラフィックアーティストとして海外での展開も増えていく。
働き方を見つけていく|デザイナー・ディレクターとして
フリーランスとして活動する傍ら、並行していくつかの会社に所属する。
1箇所にベースを置かない複合的な働き方をはじめる。

2013年、ONLY FREE PAPERでのWEB案件が増えてきたことから、WEB制作会社へデザイナーとして所属。ブランドの立ち上げとECサイトの運用を経験。さらに開発を担当したゲームアプリがテレビなどで紹介される。

2014年、ONLY FREE PAPER 渋谷パルコ店の閉店とともWEB制作会社からも離れる。
その後、デザイン事務所と業務委託契約するも業務内容や思想の差異から1ヶ月で契約解除になる。既存のデザイナーの働き方に疑問を感じ、さらにワークスタイルを模索するようになる。この感覚はのちに起業する会社の組織形態へと受け継がれている。

2015年、ONLY FREE PAPERのコミュニティステーション東小金井移転を機に、その施設の企画・運営元である会社に所属。建築や編集のセクションと協働し、エリアマネジメントやまちづくりのプロジェクトに携わる。コミュニティ施設の運営や商業施設と地域をつなぐ施策に関わり、より広い視野を得る。働き方もさらに柔軟になっていく。
これからの地域産業の在り方|奥山いちご農園のケース
2016年、奥山いちご農園|plateプロジェクトが始動。
実家であるいちご農家のブランディングを2009年から続けてきたが、その間に栽培方法の改良や流通の変更とそれに伴う認知度の向上・来客の増加により、労働環境の変化が表面化。農家の働き方改革を視野に事業改善を行うことになる。
具体的には農家直営のカフェ開業による6次産業化と特色を活かしたリブランディングを実施。このプロジェクトを通して、労働環境の改善、廃棄ロスの削減、収入の安定化、人手不足の解消、地域コミュニティの創出など、農家や地域の抱える社会課題の解決に取り組む。
2017年、カフェオープンの2日間で440名の来客を記録。テレビ・ラジオ・新聞・雑誌など地元メディアで取り上げられる。それを機に、JR主催のコンペティションでの大賞受賞、老舗和菓子店とのコラボ菓子の発売、市街地で夏季限定ポップアップショップの開店、全国のDEAN&DELUCAでジャムの販売開始、と様々に展開。
家族経営の小規模な農家ながら、シーズン時には直売は即完売、配送は1ヶ月待ち、カフェでの人気メニューは1時間待ちとなるブランド農家へと成長する。両親のつくるいちごがおいしいことに尽きる。
〈このプロジェクトについては、こちらの記事に詳しい〉

この頃より、東京・岡山の2拠点生活となる。
その年の暮、いちご畑とそのカフェで自分たちの結婚式を挙げる。
地域と一次産業をつなぐ拠点|千日の起業とAOBA創業
2017年、奥山いちご農園プロジェクトでチームを組んだことをきっかけに、幼馴染のディレクター・デザイナー乙倉慎司とともに「合同会社 千日デザインアソシエーション」を起業。共同代表を務める。
縁あって広島の離島、大崎上島に事務所を設ける。ロングブレスな関係性の構築に主点を置き、デザインによる地域や一次産業の抱える社会課題の解決などに取り組む。

2018年、岡山の農業機械メーカーと千日の共同出資で新会社「株式会社 1000n」を設立(乙倉を代表取締役とする)し、農業支援を目的とした事業を開始。
農業の小さな拠点となるアイスクリーム店「畑でとれるアイスのお店 AOBA」を創業。地元農家と協働し、6次産業化のはじめの一歩となる活動を展開している。

この頃、出産・育児に伴い岡山に短期移住。
2019年の現在地
主な拠点を再び東京に移しつつ、場所を選ばない働き方で育児をしながら活動をする。

2019年3月を持って、千日の共同代表を退任。以降もパートナーとして参画し、継続的にプロジェクトをともする。
2019年5月より、京都のグラフィックデザイナー塩谷啓悟とのユニット「EDIT(REAL)PUNKS」名義での活動を開始予定。

都市と地方、文化と産業、アートとビジネス、ソフトとハード……。
境界を横断しながらデザインを軸に活動するフリーのアートディレクター・デザイナーです。